「かもめ」 4幕
- 2008/07/28(月) 15:11:17
やっときた〜〜
長かった・・
4幕目での竜也さんの演技がまた素晴らしい
今まで見たいと思っていた
役者藤原竜也がそこにいる
表現するのは台詞がなくても表情がなくても
指先一つ、背中一つで演じることができるもの
物語を全身で表現する役者
それも自分ひとりが表現するのではなく
相手の演技を受けて・・あるいは
自分の表現で相手の存在をより明確に際立たせることもできるもの
才能は健在であり、それを裏付ける努力もまた並大抵なものでないのもわかる
かもめ4幕は
一つの物語でありながら
一部の3幕目までとあまりに遠くかけ離れている
わずか2年後を描いているとは思えないほどの時の隔たりを感じる
様々な終焉を描く4幕
だが・・
誰かの人生が終わっても
人の営みは変らず続けられるもの
人生の終焉は悲劇なのだろうか?喜劇なのだろうか?
生きるものであれば必ず死は自然にやってくる
悲劇なのは生きながら死ぬということなのかもしれない
生きたいという老人に「浅はかな考えだ」という医師
死を選ぶ若者にはなんと答えるのだろう?
アントン・チェーホフは医師であり、作家だった
医師として人々の生死を見続けていた彼と
作家として人々の人生を描く彼・・・
ドルン医師の言葉の端はしに・・
チェーホフの意思を見る気がする
だから・・
ドルンがトレープレフに語りかけるとき・・
私もドルンに心の中で語りかける・・
あなたは自分自身にもそうやって語りかけてきたの?
と・・
そして・・
トレープレフの死・・
私はトレープレフは2年前に一度死んでいたのだと思えた
それは先に述べたとおり・・生きながらの死だった
母に見捨てられ・・恋人に捨てられ・・
彼はまさしくかもめのように撃ち落されていた
そして・・2度目の死を迎えるのだ
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「かもめ」 3幕
- 2008/07/28(月) 00:51:29
この3幕目が・・
実は・・本当に難しい・・
見ていて、一番おもしろく演出されている
チェーホフももしかしたら・・そういう演出を望んでいたのかもしれない
などとも思えてしまう
でもおもしろおかしく笑っていても・・
その裏に人の毒があるのが漂う
3幕目は・・
旅立ちと決別の双方が描かれていて・・
そのどちらもが相反しているようでいて
通じている
悲劇と喜劇が相反していて通じていて
男と女も相反していながら通じていて
親と子も相反していながら通じている
まるで・・
部屋の中央に置かれた大きな鏡に反転して映る自分のように・・
確かにそこに映っているのに・・
決してそちらへは行けない
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「かもめ」 2幕
- 2008/07/27(日) 22:28:15
人間というのは言葉が通じ合わなくても
心を通わせようという気持ちさえあれば
コミュニケーションは不可能ではないはず・・
その逆にたとえ言葉が通じても
心が通い合わなければ
言葉も素通りしてしまうもの
チェーホフは人の心のもどかしさを描いていたのだろうか?
自己主張は受け入れられてこそ意味を成すもの
皆が皆自己主張し続ければ・・
それは同じ言葉を使いながらも会話が成り立たない
まるで互いに外国語を話しているのと同じ状況になる
人の意見を聞きなさいとはよく言ったもの
2幕目は・・
誰もが皆自分を主張するばかりで
誰も誰かの言葉を聞くことはしない・・
自分の言葉だけが虚しく響いているようにも思える
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「かもめ」 1幕
- 2008/07/27(日) 21:40:12
7月25、26、27日
シアターBRAVA
アントン・チェーホフ作
栗山民也演出
藤原竜也
鹿賀丈志
美波
麻美れい
「かもめ」4幕の喜劇
3日間連続で見た「かもめ」
中でも26日ソワレ・・
特別な時空というのが舞台にあるというのなら
その特別な日だったように思える
舞台は一部、二部構成になっており
一部では1幕〜3幕までを
そして4幕だけを二部で演じるというもの・・
戯曲は何度も読んでいるが
「かもめ」はやはり難解だ
見る側にも覚悟がいるのかもしれない
正直25日には楽しめはしたものの
納得はしきれなかった・・
頭のどこかで何かが引っかかったままの状態だった
26日・・
私はチェーホフの世界観を体感した気がした
頭ではなく・・
心の中にトレープレフが何かを届けてくれた
トレープレフとニーナ・・
若い二人がしっかりと舞台と客席とを結びつけてくれていた
27日大阪千秋楽・・
正直・・今回の公演の最大の課題をこの身に感じた日だった
「かもめ」は・・
こんなに遠くから離れて見るもんじゃあない
近いからいいってものでもないけれど
丁度いい大きさの入れ物というものもあるのでしょう
それでも・・
4幕目の感動は損なわれなかったことだけは救いだった
エンターティメントな演劇ではない
見せる演劇でもない
その世界に入り込んでこそ感じられるもの
前置きが長すぎましたね・・
では・・
ネタバレぎっしり
自己中心的な感想ともあらすじともつかぬ
私の中の「かもめ」
それでも読んでくださるとおっしゃる方は
ぜひお進みください
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「歌わせたい男たち」
- 2008/04/26(土) 17:39:42
二兎社
4月19日
シアタードラマシティー
作・演出 永井愛
主演 戸田恵子
物語のあらすじは
公式サイトをごらんください
さて、感想でございます。
私自身がつい2ヶ月前に息子の高校卒業式に列席したばかりのため
この舞台を観ながら・・
思うところは多々ございました
末息子の卒業式・・おそらくは学校の式典へ出向くのは保護者としてはこれが最後となるであろう式でございました
子どもが生まれてから・・
子どもたちが学校へあがってから・・
私が記憶している限りでは
自分が入学式・卒業式で国家斉唱の際に起立した記憶はありません
理由はなぜか?
私は歴史が好きです
人間の歴史の中で切り離せないのが「戦争」という人間の愚行
今・・もしも戦争が起こったら・・
子どもが生まれてからというもの
そのことを思わない日はないくらいでございますわ(考えすぎですか?そんなことはないですわ・・。これだけ世界のあちこちで戦争は絶えないのに)
たまたま・・私たちはこの国で戦争のない時代に生まれています
でも、戦争があったということは歴史を学べば知ることができる
そして一度起こってしまった戦争から逃れることはできはしない
だとしたら・・今だからこそ自分がやれるべき行動があるはず
これは「母」としての私の思い・・なのです
わが子を「戦争」の犠牲にささげたくない
ですが・・母という立場を離れたら・・どうなんだろうか?
と思うとまた違う答えがございます
舞台上での登場人物も
それぞれの立場での考え方が交錯していきます
卒業式で不起立を貫く日本史の教師・・
左翼としても中途半端で集会にも一度も行ったことがない
でも・・校内でたった一人不起立を貫いている
人間にはこれだけは譲れない・・そういう一線がある
不起立した教師は教育委員会から処罰の対象となり
不起立者を出した学校も連帯責任として指導が入る
東京都ほど極端ではないにしろ・・地方でも同じような通達があるはず
息子の卒業式でも
一人の男性教師が起立する生徒たちの横で
静かに座っていた姿を私は後ろから見ていました
彼もまた・・処罰されているのでしょうか?
おかしいでしょう?
自分の意志を通しただけでなぜ処罰されます?
「内心の自由」を生徒に教えたからと言って
なぜ?処罰される?
「指示されるだけじゃだめ。自分の頭で考えよう」
そう教えた教師が指導力不足でなぜ処分されます?
おかしいでしょう?
日の丸・君が代問題に関した年表がパンフの最終ページに掲載されていましたこちらにその一部があります
パンフでは2008年までの年表でしたが・・
今もまだ・・ずっと裁判は続いていますし・・
終わらない問題です
今もやはり「縛られた自由」の中で
生きているのかもしれない・・
作品の感想にはほど遠い自分の思いだけでしたね
ここではいつものことですので
ご容赦を〜〜〜
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